9/21
朝家内の血圧が低くなりました。
酸素の吸収率が低く呼吸のたびにぜろぜろという音が出ます。
今本人は薬の効果でしんどさがありませんがこれから病状が進んで行くと辛くなります。薬の量は増やします。そうなれば会話は難しくなるでしょう。
お話しさせてあげたい人を集めるようにアドバイスを受けました。
次男をユースセミナーから呼び戻します。幸いな交わりのためお祈りください。
Filed under: report on 9月 21st, 2009 | コメントは受け付けていません。
朝家内の血圧が低くなりました。
酸素の吸収率が低く呼吸のたびにぜろぜろという音が出ます。
今本人は薬の効果でしんどさがありませんがこれから病状が進んで行くと辛くなります。薬の量は増やします。そうなれば会話は難しくなるでしょう。
お話しさせてあげたい人を集めるようにアドバイスを受けました。
次男をユースセミナーから呼び戻します。幸いな交わりのためお祈りください。
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朝、昨晩ホスピスに泊まった長男からメールが入りました。
彼女は痛みとしんどさで一時間おきに目を醒ますつらい夜を過ごしたのでした。
その度にフェンタニルを入れました。入れると痛みから逃れることができます。
しかし昨晩は痛み止めの持続時間があまり持ちませんでした。これは問題でした。
痛み止めの間隔は一時間空けなければならないからです。痛みを堪える母親の溜め息で長男も余り眠れなかったようです。かわいそうなことをしました。
夜が明けると彼女はしきりに私に会いたがりました。長男のメールでそうと知った私は主真を連れて車に飛び乗りホスピスに向かいました。車中またしても長男の携帯から電話がありました。家内からです。彼女は今携帯を自分でかける力が無いのです。弱々しい声で「今日はしんどいの。礼拝は休みます」今にも泣きそうな声に思わずアクセルを踏み込みました。 ようやくホスピスに到着しました。一晩中頑張った疲れ、胃の痛み、息の苦しさ、全身のしんどさ、私を見てほっとしたのか黄色くなった目が潤んでいます。
私は彼女が一番望んでいることをしてあげよう、と思いました。「主を礼拝しよう」私は彼女のベッドの回りに二人の息子を呼び集めました。そして「主とともにあゆむ」を賛美して礼拝しました。癒しのための祈り会ではありません。福音集会でもありません。ただ主ご自身を覚える礼拝です。パンと葡萄酒という型はありませんでしたが型の実体なる主がそこには確かにおられました。彼女はベッドに伏しながら彼女自身が愛する夫と彼女が夢託す二人の息子の捧げる涙の礼拝に心合わせアーメン、アーメンと言いました。主よ。この変則的礼拝をどうぞお受け取り下さい!そして早く来てください。ここは、この世界は、私たちのいる国じゃないです。地上であなたを礼拝する礼拝者はバビロンの川のほとりでエルサレムを思って泣くユダヤ人のようです。そして息子たちよ。君たちの母親でありかつキリストにある姉妹であり何よりも主の礼拝者であるこの女性の生きざまを心に焼きつけて下さい。 家族だけの簡素な礼拝の後で疲れを覚えた彼女のためにアロマテラピーをしました。足から背中にかけてゆっくり手当てしました。すると気持ちよさそうにしてゆっくり眠りにつきました。長男がびっくりして言いました。昨日からこんなに安らかなお母さんは見たことない、と。そばについて優しく触れているだけで実際に痛みが緩和してゆきます。 彼女の苦痛は痛みと息の苦しさ、しんどさです。痛みとしんどさは別の苦しみです。痛みには痛み止、しんどさにはそれを忘れさせる薬があります。ホスピスにはこのような苦痛に対応する技術があります。私はYホスピスに入院できたことを本当に主に感謝しています。というのは自宅では勿論普通の病院ではとても対応仕切れないガン特有の苦しさに対する技術があるからです。 彼女を置いて私たちは集会のパンさきに行きました。どの兄弟方の捧げる礼拝も感動します。でも二人の息子たちが捧げる主へ礼拝の間は嗚咽を抑えるのに精一杯になります。今彼らは愛する母の苦しみを通して主の受難をかみしめているからです。学び会の後で次男はユースセミナーに行きました。
私と長男は家内の励ましとペインコントロールの相談のために再度ホスピスに行きました。娘はインフルエンザのため自宅待機です。 病室に行くと案の定苦しがっていました。痛みと息の苦しさのダブル攻撃です。家内は息の苦しさやしんどさを取る方法をナースから提案されていました。しかし彼女はこう答えたそうです。「大事なことは主人と相談して決めます。主人が来るまで待って下さい」彼女は気丈な女性ですが私に対しては徹底的に立ててくれたものです。彼女の称賛ききたさにどれだけハッスルしてきたことか。 しんどさを取るために使うのはミダゾラムという薬です。私もこれを使ったことがあります。胃カメラ検査の時にミダゾラムを入れるとあっという間に気を失います。眠っている間に胃カメラ検査をやり終えるのです。ペインコントロールの場合は身体に細い針を入れて1時間に0.1ccという微量を正確に注入し続けます。点滴ではフェンタニルも生理食塩水で希釈したものを入れますがこれは原液をゆっくりと時間をかけて入れていきます。こうしてしんどさと注入量がうまく釣り合うレベルが見つかると眠ることなくしかもしんどさだけを取ることができます。うまく行くかどうかは患者の体質や病状によって違うためやってみないとわからない面があります。これをやりながら痛みは痛みでコントロールして行くのです。苦痛の進み具合に応じてミダゾラムの量は増やします。量が増えると眠りに落ちて行く時間が多くなります。そうなるとハキハキとした会話はできません。しかし耳は最後まで生きています。いつでも止めることができますがそれは苦痛を蘇らせる事でありよほどのことでもない限り止めることはしません。。これを始めると奇蹟的に回復がない限り礼拝出席は難しいでしょう。しかし早めに着手して慣らして行く方がうまく行くようです。私は決断しなければなりません。 「私はどうなって行くんだろう?サプリメントをのんでもリンパを入れてもどんどん動けなくなって。これでは自分でトイレにも行けないし」主に対する彼女の単純な信仰は全くかわりありません。私は何も言えませんでした。 ただ彼女の口から「痛い、痛い」と言うのを聞くと私のすべきことはわかっていました。ミダゾラムを入れることにしました。私の 愛する最高の宝物である人にこれ以上の苦しみを与えたくありません。もう彼女は十分苦しんでいるのですから。私は彼女の痛みを見るのに疲れはてました。ミダゾラム注入とフェンタニルで彼女はようやく落ち着いて眠り始めました。それを見届けてそっとホスピスを後にしました。主よ。これで良かったのでしょうか? 6時に自宅に戻り私と長男と長女で夕食を取りました。母が作った松茸ご飯と茶碗蒸し、焼き肉などです。腹が減っては戦は出来ん!みんなで美味しくいただきました。しかし私はどうしようもなく疲れていました。食事の後で30分ほど仮眠しそれから洗い物をしました。長男は食卓で突っ伏して寝ていました。彼は昨日からほとんど眠れぬままに本当に良く介護をやってくれました。ありがとう! 私はまた夜に3度目の訪問介護に行こうと決めていました。長男にもそう言いました。また彼女にも言ったかもしれません。しかし身体と精神の限界でした。身体が鉛のように重く、腰が痛くて背中が辛くて、どこでもいいから寝転びたくてたまりません。また一人でまた彼女の痛んでいるかもしれない現場に行く気力がありません。
私はそれを見たくありません。それで行くと決めていたのに出発がズルズルとずれ込んでとうとう休んでしまいました。今ひどい自己嫌悪に陥っています。なんて薄情な男なのかと。私が彼女の立場で彼女が私の立場だったら絶対に夜も来てくれたに違いありません。彼女はそういう人です。今まで何回も彼女による献身に触れて来たのです。それなのに私は…。S美。ごめんな。そう思った時、あぁこれがしんどいという状態なんだと理屈抜きに身体でわかりました。今私は休ませて欲しいと願っています。だったら彼女もきっとそうに違いありません。それでわかりました。私が今日選んだ選択は正解です。
主よ。物分かりの悪いしもべに諭しを下さりありがとうございます。
どうか活性リンパ球の効果が現れますように。また絶妙のペインコントロールが与えられますようにお祈りください
Filed under: report on 9月 20th, 2009 | コメントは受け付けていません。
今日待望の活性リンパ球をYホスピスで入れました。感謝。
その前に3回目のリンパ球材料となる採血をしたのですがこれが大層手こずりました。わずか20ccの採血が容易ではないのです。何度も手のひらをグーパーし、ゴムを縛り直し、筋肉を抑え悪戦苦闘の末ようやく採血出来ました。血管は細く硬く血圧は下がっているからです。これを見ながら何とか出来ないものかと思案しました。免疫化学センターに20ccで二回分の活性リンパ球を培養出来ないものか相談しました。24日の段階で可能かどうか判明します。二回分できますように!
それから活性リンパ球を入れました。白濁色をした液体です。大阪ガン免疫化学センターのドクターによると、リンパ球はガンのだすマイクロファージなど倦怠感の原因となる細胞も食べていくのでシンドサが軽減するとの事です。
まずリンパ球を入れて体力が回復できたら樹上細胞を取り出す段階に行けるかもしれません。時間との戦いです。
Yホスピスから免疫化学センターに彼女の血液を持参しました。同時にドクターと話し合いました。活性リンパ球は入院先の協力があれば続けることができますがその先の治療は施設の揃ったセンターに行かない限り治療を受けることができません。体力が劇的に回復できたら道が開かれます。
自宅に戻って娘の看病をしてやりました。我が家では家でも全員マスク着用、手洗い厳守で娘は個室に押し込めています。彼女は昼の段階で熱がありますが峠は越えていました。「あー良かった」ほっとしたのもつかの間、何だか疲れがどっと出ました。ダルさと眠さで目を開けておれません。まさか、私までかかったんじゃないか!念のため風邪薬とリレンザを服用しました。リレンザは抗インフルエンザウイルス剤です。予防的な使い方をしても有効です。長男と次男にも服用させました。
私は少し仮眠をとったあと気合いを入れるためにカフェインたっぷりのスタミナドリンク、プロポリス、ビタミン剤、栄養剤と濃いコーヒーを三杯あおるとしっかりしてきました。御霊による働きというよりドーピングによる働きみたいです。主により頼むと言いながら手っ取り早く薬物依存?してしまう私。
この際元気が出るなら何でもいい、と必死の思いでカツを入れました。なぜなら夕方から阿倍野集会の家族特伝でメッセージを取り次ぐことになっていたからです。
ところが会場に着く頃になるとまたしても元気が出てこないのです。話をしようにも力がまるで入りません。病み上がりの人のようです。私は始まる直前まで会場の外に出ました。そうすれば始まるまで個人的に話さなくてもよいからです。少ない体力を温存しメッセージで一気に使いきるため私は外に出てベンチの上で横になりました。長らく祈って来られた阿倍野集会の兄弟姉妹を裏切るようなことはしたくありません。また私を信仰によって送り出した家内をガッカリさせたくありませんでした。主からの力を仰ぎながらよろよろしながら席につきました。主よ、助けてください。
とその時、私の隣に座った方と顔が会い自然な形で会話が弾みました。この方は一年前リンパのガンで完治したものの一年たたぬ内に再発し現在住友病院で抗がん剤治療を受けているのです。ガン病棟の現実、死と向き合う怖さ、人生の目的についての真剣な問い、私は久しぶりに求道者らしい求道者と出会っていました。そして自分の妻の現状を少しお話ししました。その瞬間私たちはまるで同志のような繋がりを感じました。彼は大きく心を開いてくださいました。彼は医師から余命3年は保証すると言われています。彼は言いました。「しかし自分は命を伸ばそうとは思わない。私が欲しいのは長い命ではなく人生の答えなのです」
答えは福音の中にあります。イエス・キリストが答えです。その答えを求める魂が私の目の前にいます。そして私はその答えを持っているのです。
ああ来てよかった、主はこの方と出会わせるために私をこの特伝に導いてくださったのかもしれない、と深い感謝に満たされました。私の現状がハンディではなく却って武器として主に用いられていることがわかったからです。ガンは私たちを不幸にしません。主は全てを働かせて益となさるのです。
私は全力を尽くしメッセージを取り次がせていただきました。用いられたかどうかわかりません。ただ嬉しいことに会場のレストランの従業員がひどく感心して聞き入っていることがわかりました。
その後でYホスピスにいきました。家内は眠っていました。しかし私はどうしても今日あった恵みの取り扱いを知らせたくてならず、家内の名前を呼び起こしてしまいました。
彼女は名を呼ばれると天国から地上に呼び戻された人のように目を開けました。今特伝から帰ってきたで!
彼女は私の報告を懐かしそうに聞いていました。今日の特伝会場の靭公園の近くに彼女が長く勤めた会社があったからです。ベストを尽くしたよ、と告げると「ありがとう」と言いました。「良くやったのね」と言って喜んでくれました。私は調子に乗ってつい詳しく説明しました。すると「余りいろいろ考えることが出来ないの。頭が回らなくて。ごめんね」と言いながら痛みを忘れるように話の途中でスーッと寝てしまいました。よく見ると一段と痩せこけていました。目は落ちくぼみ頬は痩せこけて手足は棒のようでした。私はまた彼女を呼びました。そして明日の礼拝の事を話しました。彼女は起き上がれないのに起き上がろうとしているようでした。。それを見ながらもう少しで言いそうになりました。「主よ。もう十分です」
痛みがまた始まりました。リンパ球はすぐには効きません。私は子どもじみた自分の振る舞いを恥じました。相手は末期ガンの患者なのです。
私の伝道旅行はいつも彼女に報告してはじめて完了します。今まではそうでした。彼女に知らせるのが楽しみで走り回ってきたところがあります。よい報告は彼女に聞いてもらうことで嬉しさが倍増し悔しかったことは彼女の耳に入れて溜飲が下がります。今それがなくなった時の自分を私は想像することができません。今晩は長男がホスピスに泊まります。ぐったりしてる彼女を起こさず主の守りを祈りました。彼女はアーメンと言いました。君は起きてるの?
それとも寝ているの?
9時半に帰宅しました。娘が一人で私の帰りを待っていました。熱も下がって元気になりました。しかし2日間は自宅待機です。明日朝ホスピスに行き彼女の状態を確認しに行きます。出欠はそれを見て判断します。
Filed under: report on 9月 20th, 2009 | コメントは受け付けていません。
嵐のような騒動で始まった1日でした。
次々に起こる事件に私は霊の戦いを見ていました。サタンは手を休めることも緩めることもなく攻撃を仕掛けてきますが主は私たちを守りきってくださることでご自身の力を示してくださいます。
娘は昨日新型インフルエンザで学級閉鎖になり昼過ぎ帰宅しました。頭が痛いと言って寝込みましたが自分で昼も夜も食べました。夜熱が上がり何回かアイスノンを交換してやりました。朝トイレの前で崩れ落ちるように倒れ痙攣しました。しばらくしてトイレに入りましたがまた痙攣して意識が飛びました。みるみるうちに顔色が真っ青になり手足を突っ張り硬直し始めましたので8時過ぎに救急車を呼び今大阪赤十字病院に入りました。 彼女自身いろんなプレッシャーで疲れが溜まっている中でインフルエンザにかかったようです。
2時くらいに自宅につき、娘を看病してやりました。とても喜び落ち着いていました。緊張続く毎日の中であの子が餓えていたのは親に甘えることなんだとさとりました。お母さんのようにいきませんが努力します。
この2ヶ月の間、私は今まで経験したことのない忙しさを知りました。ビジネスの忙しさや伝道旅行のそれは経験済みです。超多忙な生活は私の日常でしたから。しかしそれらの忙しさは私の得意分野でのことであるのでそれなりに対応する術を心得ています。しかし看病やガン治療、病院回りから家事の一切については私の知らない世界でした。知らないだけでなく苦手な分野なのです。私は掃除や片付けやゴミの分別、深夜の看病、会計や経理の処理が苦手です。ついでに言うと嫌いです。ところがそういう一切合切が一時に押し寄せてくるのに身体がもう一つ欲しいとは思いません。なぜなら私に代わって助けてくださる兄弟姉妹がいるからです。
今日も私はキリストのからだに助けられました。
長男はどこにあるのかわからない娘の保険証を区役所掛け合ってくれたので再発行されました。ある方は赤ちゃんを連れてその保険証を赤十字病院まで持って来てくれました。ある方は家内の所に飛んでいけない私の代わりにそばに付いていてくれました。ある方は我が家の留守番をしある方は洗濯をしある方は励ましの手紙を書きある方は車を貸してくれました。キリストのからだの各器官が痒いところに手が届く対応をしてくださいました。だから私は不得意なことで猛烈に忙しいのに何も困りません。かつてキリストはご自身のからだを酷使して人々に仕えてくださいましたが今は教会というご自身のからだを使ってこの世界で働き続けておられるのだとわかりました。私は不思議に支えられています。それはキリストご自身による支えです。厳密に言うなら主と主の集会による支えです。今受けた親切の一つ一つにお礼の返事が出来ないことをどうぞお許しください。
彼女はこの1週間で本当に変わり果てました。日曜日に礼拝に出たことが奇蹟みたいです。
今の状態は完全に黄疸です。全身黄色に染まっています。疲労感が大きく寝たまま入れてもらえる入浴も辞退しました。背中を擦ったとき思わず涙が吹き出してきました。骨と皮だけです。
彼女は1日の大半を眠り続け痛みが出た時だけ目をさまします。昼夜の区別がつかないため目をさますたびに時間を尋ねます。私が病室に入ったとき彼女は目覚めていました。痛いからです。しかしフェンタニルを飲む前彼女は頑張って話をしようとしました。
「娘は熱があるの?」今は落ち着いて家にいるから大丈夫だよ。
「次男はセンター試験の振り込み間に合ったの」大丈夫だよ。
「長男は集中出来ているの」大丈夫だよ。
痛みの限界が近づいてきました。私は励ましのために兄弟姉妹からの手紙を読み聞かせました。ある姉妹の手紙に「T姉妹は私の誇りです」と書いてありました。「光栄の至りです。でも私のしていることってなんでしょう。寝てるだけなのにね」寝てるだけで人を励ませるなんて凄いじゃないか!
明日はいよいよリンパ球による治療です。しかし彼女の心はその次にありました。日曜日のパンさき礼拝です。しかし今や彼女は痛み無しには目覚めている事が難しいのです。何より車椅子ですら座れない状態です。尿パックが離せません。彼女が出来ることは横向きになって眠ることだけです。たとい身体だけ集会に運んでもずっと眠り続けているだけになります。前日は活性リンパ球による治療もあり疲れが出るかもしれません。行こうにも物理的に出来ないので今回は控えるしかないね、と確認の問いかけをしました。すると彼女は掠れた声でしかしはっきりと言いました。「日曜日の朝になったら主が行かせて下さるかもしれない」
しばらく黙りました。じゃあ寝台車を予約しようか?「そんなことどうでしょう?」意味不明です。
しかしはっきりわかったことは主のパンさきをとても大切な楽しみにしているということです。
大好きな憧れの主との特別な時間に遅れたくない、ましてやすっぽかしなくない!私は誰に油を注ぎにいくと思う?主に油を注ぎにいくのよ!といった何か弾む気持ちがあるのです。
主のパンさきは厳守なそれでいて嬉しさの伴う交わりのようです。
痛みが厳しくなったため再びフェンタニルを入れました。彼女はまた眠り始めました。
この1週間で実質的な交わりの時間はめっきり減りました。ずっと眠り続け、たまに目覚めた時も二言三言の会話が精一杯です。しかし交わる時間が短くなればなるほどその僅かな言葉が私の心に響き渡るものとなっています。
今日はつくづく思いました。たとい話せなくてもいい。息づかいを聞くだけでもいい。主よ。どうぞ彼女を生かして下さい。彼女のそばに居させてください。彼女の一息一息が神への礼拝として立ち上っているからです。
小さくなって肩で息をする彼女を見ながら人生で何が一番大事なのかを私は改めて教わっています。-神への礼拝。この目的に沿っているならたとい物言えぬ人になっても神様の目に意味があります。神はこの生き方を無駄に終わらせることは決してなさいません。
夕方長男が様子を見に来ました。「片付け終わった?」うん。昨日は予備校休みやったから1日かけてやっておいたよ。「ありがとう」
苦痛で表情がくもります。
「これでは外に出られないわね」そうだよ。残念そうな表情になりました。経口のフェンタニルでは胃痛のコントロールが難しくなりました。今点滴で入れています。眠りに落ちて行く彼女をベッドサイドで見ながら私と長男は敬礼しました。「私は勇敢に戦い…」とはこういう事なんだな。
夜、ホスピスのナースが声かけをして彼女の顔を拭きに来てくれました。そして口の中を掃除してくださいました。唇の端が切れているのを見つけてニベアのリップスティックを塗ってくれました。自分の妻が大切にあつかわれているのを見ると私は嬉しくになります。きっと教会の花婿なる主もまたそうなのでは無いでしょうか。
さあ。明日は活性リンパ球による治療です。主よ、用いて下さい。癒して下さい!
午前中二つの病院を一往復半してからインドのクリアン兄の学び会、夕方からは阿倍野集会の家族会特伝、最後はホスピスに駆けつけて礼拝出席について話し合い自宅に戻って娘のところへ行ってやります。
主よ。あなたご自身を学べる1日としてください。
Filed under: report on 9月 18th, 2009 | コメントは受け付けていません。