9/22

昨晩あまり寝ていない私たちのために姉妹たちが手伝いに来てくださいました。

私たちに代わって家内を見守ってくださいます。私たちはその間に少しでも仮眠を取ることにしました。しかしなかなか寝付けないまま時間ばかりが過ぎて行きます。
長男が横になりながら「寂しいな」と漏らしました。
私も言いました。「寂しいな」
「お父さん。寂しさはどうやって乗り越えて行くの、疑いはどうやって越えて行くの、悲しむべきでないことを悲しいとしか思えない時にはどうやって愚かさから解放されていくの?」
「天国を覚え天国での事を考え天国の王を想うことだよ」 私たちは今までにない本音の話を打ち明けあいました。
父と息子の本物の対話を明らかにすることはできません。とてもプライベートなことに踏み込んだ、相手に対する信頼がなければまず口に出来ない内容でした。私はしっかり聞き私も自分の弱さを告白した時互いに主にある深い深い結びつきを実感しました。

午前中各地からお見舞いに来てくださいました。昨日のブログ内容を見ていてもたってもおれなくなった兄弟姉妹が飛び込んで来られました。 N兄が涙ながらに家内に呼びかけ祈ってくれました。ありがたきかな、キリストにある友情。長男がそれを見て僕もあんなキリストにある親友が欲しいと言いました。 お見舞いの兄弟姉妹が来られるたびに私たちは大量の涙を流すので泣き疲れました。どうしてこんなに涙が出るのか訝しく思うほどです。 彼女の息づかいはだんだん深く荒くなっていきます。血圧は40に下がり体温も上がっていきます。その都度ホスピスナースは対応策を講じてくれました。

昨日から子どもたちはずっとお母さんに寄り添っています。しかしどれだけ寄り添っても寄り添っても彼らにはまだお母さんのためにやりつくしていない何かがあると感じていました。 お母さんに謝りました。感謝しました。約束しました。身体を擦りました。甘えました。でもまだ何かをしていない。 一体なんだろう。何をやり残しているのだろう。 もしお母さんの身体が元に戻ったら何を望むだろう。
長男が言いました。「礼拝だ」そうか!それだ!と皆合点しました。みんな心の底から主を礼拝させていただきたいと願いました。 ご聖霊は悲しみを乗り越えて行くための秘訣を私たちに示そうとされたのだと思います。悲しみを越えていく秘訣とはなんでしょうか。悲しみをもって主を崇めることです。悲しみをもって主に祈るのではありません。痛みをもって主に助けを訴えるというのとも少し違います。悲しみをもって主を礼拝するのです。 私たちはそれぞれ静思を40分ほど持ちました。くちびるの捧げ物を用意するためです。そして昼間の2時半くらいから私たちはまたしてもベッドの回りに集まりました。

見舞い客の兄弟姉妹も交え主を覚える礼拝に臨みました。二人の息子たちの礼拝は主からのものでした。なぜなら彼らは悲しみで一杯になりながら主を崇めずにおれないでいたからです。彼らは嬉しいから礼拝しているのではありません。悲しみをもって主に近づいて行きました。否、悲しみをもって主にしがみついたのです。悲しみが彼らを主に押し出しました。私とて同じです。今まで生きてきてこんなに悲しいことはありませんでした。今まで生きてきてこんなに涙が止まらなくなることは初めてです。しかも涙が出ていったあと放心状態になり身体が置物のように動かなくなります。魂の貧血状態。涙は魂という臓器から流れ出る色の着いていない血液だと思います。

「主よ。この呼びかけを私の口に授けておられるあなたを崇めます。あなたが願った通りにしてくださらなかったためにラザロを死なしてしまったマルタとマリアがようやくイエス様にお目にかかった時彼女たちの呼びかけは、主よ、でした。祈りが届かぬように見えた時にそれでも彼女たちにとって主よとお呼び出来るのはあなただけでした。叶えられなかった現実の只中で主よと呼んだ彼女の気持ちは今の私の心そのものです。その信仰による呼びかけをあわれみ深いイエス様はどのように聞いておられたか、崩れてしまいそうな彼女たちの心をどのようにご覧になっていたことか、そして彼女たちの考えを超えて主は何と文字通り主であられたことでしょうか…」
まるで2000年前の記事がこの病室の中でたった今目の前で再現されているような神の現実を私たちは味わいました。「イエスは涙を流された」 悲しみをもって神の前に出るとき悲しみの人で病をになった主イエスさまとの聖なる連帯感に入りました。そしてこの方のなさることはこれでよいのだと言うことが出来るのです。痛みや悲しみが癒されるために礼拝するのではないのですが礼拝者として主に近づくと恵みの副産物として悲しみが癒されていきます。

人生において不可解な事が起こるとき「主よ、何故なんですか?どうして家内なんですか?なんでこうなさるのですか?」と問う自由が許されています。詩編にはこのような魂の叫びが連面と続きます。しかしその結論は逆転的です。実は私が神に何を期待するかにこだわり続けているとガッカリすることが多くなるだけではなく神さまが分からなくなってしまいます。そうではなく神がこの試練を通して私に期待しているはの何かを祈りつつ考えて行くことに答えに至る道筋があるのかもしれません。私たちが神さまに問い質すのではなく私たちのほうが神さまに問われている側なのだという事です。

病院の門限である8時が過ぎると私たち家族だけになりました。ベッドの回りに集まって姉妹たちが届けてくれた弁当やパンを広げ最期の晩餐をしました。話題は目の前のお母さんのことばかりです。みんなお母さんがよく見える席を作って幸せを噛み締めながら食事をしました。その時ドアがノックされました。入って来たのはO姉妹でした。ターミナルケアの看護師で夜勤明けの足で駆けつけてくれたのです。6年前お母さんを天国に送った彼女は娘の事をとても心にかけてくれていました。入って来るなり涙で一杯です。自分のお母さんの事が重なったからです。T姉妹、ありがとう!と呼びかけました。 何がありがとうなの?実はお母さんが召される前にこう言われた事で分からなくなっていたことがあったと言うのです。「私は子どもたちのことは心配してない」がそれです。子どもとしては自分の事を親から心配して欲しいのにどうして心配してくれないのか、お母さんは何故そういったのか釈然としないままになっていました。しかし先日のブログにあったT姉妹の言葉でそうか!とわかりました。T姉妹も子どもたちが大きくなるのを見届けたいという執着心はない、その理由は主が清い器、大きい器、幸いな神の器にして下さると分かったからですね、主は断腸の思いで母親が委ねた子どもたちを必ず大成させてくださると確信したからですねの母が言いたかったのはこの意味なんだと腑に落ちた時には嬉しかった! 私はまたしても慰められました。

智恵美、良かったなぁ。
君の言葉が若い姉妹の心を照らすために用いられたんだぞ。
誰かの役に立てたという事がこんなにも生きる力になるとは。感謝です。O姉妹も夕食の輪に加わりみんなで楽しい夕食をしました。とても賑やかで明るく楽しい食事です。そこにいる全員がこれから起こる事を知っていました。なのにみんなで食事をしているのです。娘はサンドイッチを人切れ口にするとごちそうさまをしました。そしてベッドサイドに膝まづきお母さんの右手を握りしめ温め始めました。

突然彼女の息が荒くなりました。顎が上がっています。すぐにナースコールをしました。ナースは血圧を図りましたがもう計測できません。
「みなさん今のうちにお話ししてあげてください。もうお薬を入れることはできません。このままゆっくり閉じていかれます。今Tさんは聞こえています」私たちは彼女の手を取りました。

次男はお母さんを呼びました。
「お母さん!僕たちの事を見届ける前にこの子達なら大丈夫って言ってくれてありがとう!そんなにも信じてくれた人はお母さんだけや!僕はお母さんの生きざまを継ぐ。お母さんが大切にした礼拝を大切にする。お母さんの姉さん一家の救いのために人生を賭ける。お母さんに恥じない生き方が出来るようにイエス様に祈っててな!お母さん!凄すぎるよ!」

娘も涙ながらに彼女を呼びました。
「お母さん!大好き。私はお母さんが大好き。今まですねた態度をとったりしたのにそんなことではびくともしなかったお母さんが大好き。産んでくれてありがとう!育ててくれてありがとう!愛してくれてありがとう!私はお母さんみたいになる。今日午前中O兄が言ってたのを聞いたでしょ。朝学校に行くときさよならって挨拶する人はいない。行ってきます、行ってらっしゃいだと。また会えると分かりきっているからさよならって言わないんだと。だからクリスチャンの地上でのお別れはさよならじゃなくて行ってきますがふさわしいって。だからお母さん行ってらっしゃい!また天国で会えるのよ! 私が今泣いてるのは悲しいからじゃないんよ。また会えると信じれてうれしいから泣いてるのよ。私はこれから主のご再臨を本当に願っていける人にされたんよ。その時にはお母さん!私を抱いてね!お母さんが天国に行った翌日私は天国にいける。だって神の前には1日は千年のようであり千年は1日のようですとあるでしょう。お母さんがいったあと何年間も地上にいてもきっと1日だけのお別れに感じさせてくださる力をイエス様が与えてくれるから。お母さん、お母さん、私のお母さん!愛してる!」

長男も語りかけてごらん、と言いました。
しかし彼はお母さんにとりすがって大声で母にではなく主に祈り出しました。「主よ!この光景をご覧ください。僕たちがどんなにお母さんを愛してるか、見てください。僕たちはこのお母さんが人生最大の大切な人なんです。主よ、あなたはそれをご存知でしょう。でも僕たちはこのお母さんをあなたにおささげするのです。天国があるとはっきりわかりました。この御国があると信じているならその御国のために命をかけて生きれるように僕たちを守ってください!何が一番大事なのか分かった以上福音の道に生涯をかけて生きさせて下さい!主よ、僕のお母さんは最高です!僕のお父さんは最高です!弟は最高です!妹は最高です!こんな家族に生まれさせてくださったあなたは誰よりも最高です! お母さん。愛してる。どんなに言ってもいいたらないよ!」

私は彼女のおでこに接吻しながら言いました。
「今の言葉を聞いたか?これが聞けるお母さんは恵まれたお母さんやで!君は去る。しかし君が育てた彼らは残る、君によって一人前の男になった俺も残る、君の人生は君一代限りの物語じゃない!君の人生で始まった俺たちがついでいくぞ!
主よ。イエス様は十字架の上で『父よ。我が霊を御手にゆだねます』とおっしゃって息を引きとられました。主は死の手前で回復することによってではなく死に切る事で神の栄光を現されました。瀕死の重傷からの回復ではなく死からの復活のほうが比べ物にならない神の栄光だからです。死んで蘇らされた方のおかげで私たちは死に対する勝利をいただいたのです。彼女が回復するよりもっと偉大な神の栄光があるからこそあなたはこれを許されました。私たちはそれをこの目で見たいのです。この結末が如何に美しい神の栄光となるのかを私たちに必ず見せてください!」

アーメンの声が部屋に響き渡りました。

そして主我を愛すを歌いました。

彼女は苦しむことなく主の元に行きました。
あまりに早かったのエノクを見ているようでした。
9月22日午後9時02分 のことでした。

エノクのごとくに我をも上に引き上げたもうまで日々主と歩まん。一足 一足 主にすがりて 絶えず絶えず 我は進まん!
高原智恵美姉妹 万歳!

9/21 Part3

朝4時頃長男がが泣きながら家族室で仮眠していた私のところに来ました。
そして私に言いました。
長女がずっとお母さんとお話ししている、今までの思い出を語り尽くしてる、
そして今にも「主よ。みこころをなさって下さいと祈れるのよ」とお母さんに報告していたよ。
ベッドサイドで床に膝まづきながらずっと手を握り「お母さん、お母さん」と呼びかける姿に私はイエス様の涙を思いました。
私でさえ哭けてしかなありません。ましてやあわれみ豊かな主はどんなに泣いておられることか。しばらく私は家内を見つめていました。
次男がやって来て今晩お母さんと同じ部屋に寝たいと言いました。
私は部屋を出て家族室に行き仮眠を取りました。

実は肩で呼吸する彼女を見るのが辛いのです。肩で呼吸するのはしんどいからではなく何とか酸素を取り入れようと身体が反応しているのです。しかしマラソンを24時間続けているような息遣いに私は自分自身の息までが苦しくなってきたのです。

あぁ、もう十分闘った。もういい。自分たちを中心に考えるなら一秒でも長くいてほしい。
でも彼女を中心に考えたらもう楽にしてあげたい。
いや、ホスピスのペインコントロールのおかげで本人の身体は苦しんでいてもそれを感じないようにはしています。ただ彼女の霊と魂は本当の故郷に行こうとしています。
冬がくるまえに飛び立たねばならない渡り鳥を無理につなぎ止めるのは酷です。
私たちは一切延命手段をとりません。

主よ。どうぞあなたの時にあなたが良いようにあわれんで下さい。
今熱が上がっています。解熱剤はつかえないほどの体調です。
身体のあちこちに氷を置いて冷やしています。息が大きくなり始めました。
しかしベッドの回りに家族全員が身体をさすり感謝と喜びと主への信頼が与えられています。私も子どもたちもこの長い一日を生涯わすれない事でしょう。

先程ザンビアのあゆみ姉妹から電話が入りました。
彼女の耳に携帯を当てて呼びかけてもらいました。家族皆もお話ししました。
みことばによる慰めを私たちは受けました。私はこの慰めを好みます。
私の心を未来へ向けさせてくれるからです。今は過去を思えません。
あまりにも麗しすぎて私を弱くしてしまいます。

絶えず絶えず我は進まん!前へ前へと進まん!

9/21 Part2

4時半くらいにA姉妹のご主人がホスピスに駆けつけてくれました。つい2週間ほど前に奥さんを天国に送った彼は今までホスピスに来なかった理由を語ってくれました。自分の妻は召される前に男性の見舞い客を喜ばなかったというのです。末期ガンとその治療の副作用で変わり果てた容貌を見られることを嫌がったからです。優しい方だなと思いました。私には全く欠けている視点です。今家に帰っても一人だけという寂しさは何にも例えがたいものだけれど妻が今は天国にいると思ってほっとする気持ちもまた何にも例えがたいものだと言われました。

A姉妹のご主人を見送って部屋に戻るとドクターが指先を挟む血中酸素測定器で測定中でした。測定不能です。指先にすでに酸素が回らずまた血圧が極端に減っているからです。廊下に出て改めてお話しがありました。今晩が山です、と。私が今日初めてこの患者さんを見たならあと2、3日と見立てるでしょう。しかしずっと見ていて経過を見ると悪化があまりにも早いですね。このままならば今晩を覚悟なさる必要があるものと思います。

私は意を決し子どもたちに告げました。この告知は医師の口を借りたくありませんでした。クリスチャンならではの希望に繋がる告げ方で知らせてやりたかったからです。

お母さんは今までの戦いで身体が大変疲労しているんだ。お母さんは生ききろうとしている。主はゴールをきるランナーをコーチが迎えるように迎えて下さるんだ。このままならばお母さんは今晩天国へ行く。

黙って聞いていた長女の両目からポタポタと大粒の涙が溢れだし身体を震わせたかと思うと「いやや!絶対にいや!お母さんと別れたくない!私はお母さんが大好き。どうしてお母さんが取り上げられないとダメなん?そんなの絶対にいや!あんなに癒されるように祈ったやん!癒してくださるって私はみことばをいただいたと信じてた、そうじゃないなら一体あれは何なの?お父さんだって信じて祈ってるって言ったでしょう?どうして癒されないの?あの祈りは全部聞かれなかったの!」彼女は私に抱きついて号泣しながら叫びました。私は彼女を抱きしめながら言いました。主は祈りを聞いてくださっているよ。癒しの祈りも聞いてくださっているよ。主の御再臨の時に完全な身体にされるんだ。今癒されても10年後か20年後いつかは人は死んでしまう。その時今目の前で見ていることが繰り返されるんやで。でも主の再臨の時には二度と病気にならず死ぬこともない完全な身体になるんだ。その癒しこそ本物の癒しなんだから。
「一体いつなの!御再臨は一体いつになったらあるの?いつなのか言ってよ!遅いやん!」そうやな…。
「お母さん居なくなったら私たちどうなるの!」「イエス様が守って下さるよ」
「守ってくださらないやん!なんでお母さんを連れていくの!私はお母さんを離さない。お母さんは私に必要なんだから。お母さん、お母さん、お母さん!」君は昼間お母さんの祈り引き継いで祈るって言ったじゃないか。「言ったよ。でもお母さんと一緒に祈る!私はお母さんと一緒に導いて欲しいの!」

私は何も言えずただ主に申し上げました。主よ。この現場をご覧ください。無能な父と悲しみに心張り裂けている娘のやり取りを。どうぞお願いです。あなたが私に代わって彼女に啓示してください。私はこの子がかわいそうでいとおしくてたまりません。

何分たったでしょう。嗚咽と沈黙の後で長女は言いました。
「お父さん。ごめんね。アホな事を言ってしまって。ごめんね。ごめんね」
いや、お父さんこそ説明が下手でごめんな。「説明なんかいらない」「……」
みんな黙って家内を見ていました。その時長女が思い出したように言いました。
「お父さん。持ってきたギター弾いた?」そうでした。すっかり忘れていました。
私は彼女が大好きだった「黄金のエルサレム」を弾きました。
彼女の顔が穏やかになりました。
私たちはここから約1時間聖歌を賛美し続けました。
「主我を愛す」「主と共にあゆむ」「人生の海の嵐に」「いつかは知らねど」「主がわたしの手を」ギター伴奏で延々と歌い続けました。
途中涙で何度も歌えなくなりました。彼女が口を動かし歌おうとしていることが分かったからです。彼女の目からも涙が流れました。
そのうち聖歌の歌詞が傷だらけの魂に染み込みはじめたのです。娘は私に説得されてではなく兄たちになだめられてではなくお母さんの愛唱聖歌の歌詞でお母さんの生き方をたどり始めました。多くの信仰者を励まし続けた霊的遺産が私たちをも慰めました。霊的な歌詞が私たちの心を主に向けさせたのです。長女は「お母さん!お母さん!お母さんっ!ありがとう!大好き。お母さんみたいになりたい!」
主は長女(名前)をあわれんでくださっただけではなく無能な父をもあわれみその祈りに答えて幼い信仰者にも深い真理を啓示してくださったのです。
賛美集会は私たちを一段と深い絆で結びつけました。というのはとても懐かしい気持ちになったからです。
我が家では毎週金曜日の夜はシャバットをしました。家族で賛美して祈りあい私は手作りの紙芝居でメッセージをし家内は手作りデザートで子どもたちの心をワクワクさせました。あのシャバットを最期の夜に出来るなんてなんて主は素晴らしいプレゼントをくださった事でしょう。

7時20分ごろ東住吉の兄弟姉妹たちが20数名来てくださいました。一人一人言葉をかけてくれました。家内は全て聞いていました。

家内はまだ会話が出来たとき自分の介護で私が働きを中断することをとても心苦しく感じていました。だから麻薬系薬剤で意識を無くせるようになった時には、これであなたは心置き無く働きに出れるわ!と私を送り出そうとしました。自分の夫に対してですらそのように考えていた人です。ましてや兄弟姉妹たちがお見舞いで様々な働きが出来なくなることは彼女の本意ではありません。彼女が願って止まないことはお一人お一人の兄弟姉妹が自分への召しに答えて忠実に走りきることです。お見舞いに来てくださいました兄弟姉妹方には心から感謝しています。またそれぞれの働きにとどまってくださった兄弟姉妹方に同じ感謝をおささげします。

兄弟姉妹方の訪問の後で私たち家族は病室に集まりパンとコンビニおにぎりで夕食を取りました。
最期の晩餐ってこんな気分なのかな、という考えがよぎります。楽しい夕食でした。
お母さんはメソメソうじうじがきらいだったという話をいくつかのエピソードで話しました。また一人一人お母さんの思い出を語り合い何度も何度も彼女に「ありがとう」と言いました。静かな平安と喜び-そうです。喜びまでが私たち家族を包んでいました。主が結んだ家族です。私は第2テモテからパウロの遺言メッセージを材料に彼らのお母さんの生き方を証ししました。皆自分が救われたこと、この家族の一員で育てられたこと、東住吉の集会に加えられたこと、今までの一つ一つの導きに聖なる誇りと喜びを感じていました。私自身もです。
こんな妻を人生の一時期主から預けていただいたこと、素直な信仰者とされた子どもたちを思い全て主からの賜物だと改めてわかりました。私のものではありません。主からの預かりものです。

今晩はお母さんをひとりぼっちにしないと決めました。皆お母さんとの1分1秒を何物にも換えがたい宝の時間と見ていました。夜11時までは次男が11時からは長男と娘が付きっきりです。ほんの少しの体調変化も見逃さずナースに連絡しました。ナースはそれはそれは見事な対応をしてくださいました。今夜の2時半。ぬいぐるみを抱きしめ声を殺して泣きながらお母さんの手を握る長女、それを見守りながら優しい言葉で妹を励まし続ける長男、11時まで一人でお母さんの好きな聖歌を十数曲歌い続けた次男。今日彼女はコスモスに囲まれ、兄弟姉妹に囲まれ、賛美に囲まれ、子どもたちと私の八本の手に触れられ静かにその時が来るのを待っているようでした。
彼女の息づかい、小さい声、黄ばんだ身体、腫れ上がった腹部すらも私にはいとおしくてなりません。肩で大きく息をし続けもう数時間たちました。今まで見たことがない君の姿に私は打ちのめされながら憧れています。たまらなく愛してる。私が今言えるのはそれだけです。

9/21

朝8時前、Yホスピスの担当ナースから電話が入りました。
昨晩家内はペインコントロールが効いて良く休めたのですが朝になり血圧が下がって来ました。酸素の吸収率も下がっています。呼吸のたびにぜろぜろという音がします。
しんどさも大きくなってきます。それを緩和するために投薬する薬の種類を変えてコントロールして行きますがそうなると会話は難しくなります。
ご本人と話したい方々は今日中に呼び集められる時期です、とアドバイスを受けました。

私はユースセミナーに参加中の次男を呼び戻しました。そして長男と長女を車に乗せてYホスピスへと向かいました。

出発前に祈りました。
「主よ。いよいよ彼女とのお別れの時が来ました。どうか今日一日、主の平安で私たちを支配して深き良き望みに満ちた本物の交わりを与えてください」

ホスピスに着くまで誰一人話しません。みんな押し黙ったまま言葉にならないプレッシャーと戦っていました。助手席の長女は物音ひとつたてずに泣いています。
長男は何かを考えています。
私は彼女にとっても子どもたちにとって生涯忘れられない祝福の時とされることを祈るばかりでした。

病室に入ると苦しそうな彼女がいました。
その内親戚や姉妹方が来てくれました。しんどさをより効果的にコントロールするため薬を変更しました。フェノバールです。これは自律神経を鈍らせる薬です。これによりしんどさを感じにくくします。超微量をゆっくり入れるためにすぐには効きません。痛みを即効で除くために希釈したフェンタニルを点滴で入れました。
彼女は白眼になって寝ています。ところが聞く能力、考える能力、感情や意思はしっかり保っています。
苦しそうな彼女に手当てしながら「主我を愛す」を賛美しました。

主我を愛す

主は強ければ

我弱くとも

恐れはあらじ

我が主イエス 我が主イエス 我が主イエス 我を愛す

我が罪のため 栄えを捨てて 天より下り 十字架につけり

御国の門に いけば私を きれいな家に 入れてくださる

今まで彼女と二人で何十回も入院中の方をお見舞いに行ったものです。
そして病室では幾度となくこの賛美を歌ったものでした。
まさか私が彼女を看取りながら歌うなどとは全く予想していませんでした。
しかし彼女はこの賛美を聞くとパッチリ目を開けて頷きました。
そして再び目を閉じてました。

子どもたちが一人一人お母さんにお別れの挨拶をしました。

次男はお母さんの手を握りながら言いました。
「お母さん。安心して欲しい事があるねん。僕はお母さんがたまらなく大好きで大切な人だけど、こんなにも大好きなお母さんを天国に召して行く神様に対して少しも恨みや疑いは沸いてこないんや。僕はユースセミナーのメッセージを聞いて改めて自分を神様に捧げる決心をした。そして自分が一番大事な宝物を捧げるわ。僕はお母さんを捧げる!」

長女は言いました。「お母さん、私、昨日O兄から手紙もらったの。
そこにはね、お母さんみたいなお母さんに育ててもらって本当に幸せだねって。
私も心の底からそう思ってる!お母さん!私のお母さんでいてくれてありがとう!
私はお母さんが祈ってきた求道者の事を祈るわ。
そしてお母さんが私のために祈ってきたことが成るように祈るから!」

長男が言いました。「昨日お母さんの夢を見たよ。
昔僕が本当に情けない事をしてしまってこんな自分は神様に用いられないと悲しくなってお母さんに告白したことがあったね。その時お母さんは僕に何て言ったか覚えてる?
それでも長男(名前)は大丈夫って言ってくれた。
その時すごく平安になって力が湧いてきたよ。その夢を見たよ。
お母さんが何度も長男(名前)なら大丈夫!君なら大丈夫って言ってる夢を見たんだよ。お母さん。どうしてそんなに最高なの?愛してる」

彼女は子どもたちの呼びかけに言葉で返事はしませんでしたが微笑み返し、声を発し、涙を流していました。
私はこの光景を見ながら感謝しました。彼女が子どもたちに伝えてきたみことばの種、
信仰の種、福音の種は彼らの心の中にしっかりと根差しているのを見届けたからです。
T姉妹(名前)!君は天国に去っていっても君の残した霊的遺産は子どもたちの中に受け継がれているぞ。夫を万全の体制でキリスト伝道者として日本全国に世界のあちこちに送り出しながら同時に子どもたちをここまで育てあげたんだなあ。彼らの魂には君の鮮烈な生きざまが焼きつけられてしまっているよ。
私の中には悲しみよりも深い平安が流れて来ました。不思議に悲しみではなく安堵感に近い気持ちになりました。

担当ナースから彼女の体力がかなり消耗しているという説明を受けました。今日あるいは一両日が山です。
私はホスピス内の家族室を最大限の3日間予約しました。家族全員で彼女の傍らに居よう。いや、居させていただこう。

2泊3日の用意をするため私は三人の子どもたちを連れて帰宅しました。彼女が大好きな麦茶を沸かしました。そしてギターを持って行くことにしました。このギターは手工品です。半額は彼女と子どもたちが出してくれたものです。
彼女が元気だった頃には彼女を相手に随分一人コンサートをしたものです。
彼女にギター賛美をひいてあげよう!そう思って車に乗り込みました。
ホスピスに着くと担当ナースが改めて彼女の体調が急激に落ちている旨を説明しました。何と今晩召される可能性が少なくないと言うのです。
初めてガン告知を受けたのが7月16日です。まだ2ヶ月しかたっていません。私はこの現実を子どもたちに伝えるタイミングと知恵を主に求めました。何時もだったら彼女に相談するのですがこれだけはそういうわけにいきません。また別の不安が込み上げてきました。

3時くらいにユースセミナー参加メンバーの一部が途中見舞いのために一時的に抜けてきてくださいました。Y兄はじめ数人の兄弟姉妹たちです。感謝でした。

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