9/24

今日は妻の偲ぶ集いです。

しかし娘は学校へ行きました。一つは実力テストがあったからです。先生には叱られたそうです。
「こんな時に何で来たんだ!」
何で行ったのでしょう?

本当の目的は一人でも多くの友だちを偲ぶ集いに誘ってそこで語られる福音メッセージを聞いてもらうためです。幸い友だちはみんな行く!行く!と約束してくれたそうです。そして約束通りたくさんのお友だちが来てくれました。
夕方4時前に葬儀屋さんが来てくれました。ベッドに寝かせたお母さんの遺体をみんなでもう一度見つめました。彼女の服装は最後のパンさき集会に出たときの装いそのままのものでした。他にも服はたくさんありましたが結局これが一番彼女らしいと考えたからです。

それが命の危険を冒すことであったとしても主を礼拝しに行こうとする彼女を止めることは誰にもできませんでした。そして彼女は二日前天国の至聖所に礼拝しに行きました。主が彼女の念願に答えて召してくださったんだなぁと思いながら言いました。
お母さんは主を礼拝しに天国へ行ったんだ。とするなら誰が止めることが出来るでしょう?

偲ぶ集いは予定時間になってもすぐに始められませんでした。当初200名くらいの参列者を想定していましたが後から後から途切れなくたくさんの方々が集会所に集まって来られました。何と480名以上の方々が集まってくださったのです。東住吉集会の兄弟姉妹たちを合わせると600名以上の方々です。一階から四階まで全ての部屋と廊下に席を作って対応してもらいましたが東住吉の兄弟姉妹は立ったままです。集会始まって以来の大会衆です。よく入ったものでした。

私は全国からまた韓国からも駆けつけてくださった兄弟姉妹の愛に目頭が熱くなりました。こんなにもたくさんの兄弟姉妹が私たち家族のために祈ってきてくださったんだ。いやここにおられる何倍もの方々が主に取り成してきてくださったんだ。私はそれを頭で知っていましたが改めて自分の目で立錘の余地が無いほどに人でびっしりの会場を見て身体で理解しました。そして主からの慰めをいただきました。みことばが浮かんできたからです。「恐れるな。私たちとともにいる者は彼らとともにいる者よりも多いのだから」
私はたくさんの兄弟姉妹を目で見て改めて力づけられましたがもし霊の目が開かれたなら私たちの回りにはどれほどたくさんの兄弟姉妹の祈りがあり、その回りに「火の馬と戦車が取り巻いて山に満ちており」主の御腕の中にあることでしょう。
闘病生活は暗黒の森の中に敷かれた光の道を行く歩みでした。回りに目をとめれば暗黒です。しかし道に目をとめれば光です。
病気を見れば暗黒、しかし主を見上げれば光でした。「あなたは何を見ているのか」

集いは「主と共にあゆむ」 の賛美で始まりました。最前列にいて後ろから響いてくるうねりのような賛美の歌声を聞いていると身体中に電気が走りました。まるで天国が降りてきたような気分です。

故人の思い出では次男が語りました。話の中で皆がどっと笑ったところがありました。「母は兄弟の中で僕のことが一番気になっていていつでも心配していました」聴衆の皆さんは何故笑ったのでしょう?彼が一番心配になるようなことを日常的にしてきたことは全国区規模で知れ渡っていたからです。その彼が600人の前でお母さんの信仰を語りました。天国から優しい眼差しで主とともに見守りながら「大丈夫よ!その調子!」と呼びかけているような気がしました。

私も福音を真っ直ぐに語りました。主と我が最愛の人の視線を感じながら。あぁ福音の素晴らしさよ!死に対して勝利者の側にあることの楽しさよ!弱虫の私をして愛妻との死別の直後に喜びの歌を歌わせる復活のキリストの力強さよ!福音、福音!これ以外に私が人生を賭けたいと思うものはありません。私は彼女にならって益々キリストバカになりたい!福音バカになりたい!彼女のようにキリストに完全燃焼したいと切に望みます。

偲ぶ集いの後で献花をしました。献花だけで1時間半かかりました。私たち家族4人は前に立ち来てくださったお一人お一人にたくさん感謝の挨拶をしたかったのですが後が詰まっているので流れ作業の如く数秒間の対面になりました。失礼をお許しください。
私は興奮したせいか身体がホカホカして力がみなぎり不死身の力を与えられたような気になりました。何だか気持ちがいいのです。自分で思う以上にタフガイ何だなと感慨に耽っておりました。
ところが約1時間半お一人お一人に会釈を繰り返しているうちに腰痛が再発しました。中途半端な前屈み運動が寝ていた腰痛坊やを起こしてしまったのでした。イテテテ!どこがタフガイやねん!

泣いたり笑ったり調子にのったり悲鳴をあげたりなんとせわしない男なのでしょう。こんな私を皆さんこれからもよろしくお願いします。

9/23 Part2

家内の遺体は彼女自身が在宅闘病生活をした部屋に安置されました。
見れば見るほどきれいな人です。結婚した時よりも綺麗です。こんな美しい人が私の妻であったとは今さらながら驚きです。子どもたちもベッドの回りに集まって一人一人ツーショットの記念撮影をしました。しかし記念撮影が終わると顔に白い布をかけて別室に行きました。

私たちは驚くほど遺体に執着がありません。彼女はここにはいないとはっきりわかっているからです。子どもたちの関心はもっぱら天国とそこにいるお母さんです。今私たちは努力せずとも思いが天国に向きます。天国の実在を今までになく明快に意識しています。天国に心を向ける事で正気を保っていると言って良いでしょう。強烈に愛する人がそこにいるがゆえに一度も行ったことが無いのによく知っている国のように思われるのです。私にとって高原智恵美は今も実在の人です。実在する人がいる天国もまた実在する世界なのです。同じ地球上のどの国よりも遠くにある御国なのにどの国よりも近いのです。フライト手続きが無くても、主よ!の一言でかけ上って行ける国になりました。そこはまるで開かれた世界で祈りの中で行きつ帰りつできる国です。近いのに遠くにあり遠くにあるのにどこより近い国で
す。私は今まで以上に天国を確信しています。これは主が彼女を天国に召してくださったおかげです。

アブラハムは一体いつ頃から天の故郷に憧れていたのかなと考えるようになりました。地上の約束の地を超えて千年王国から新天新地を意識しだしたのはいつからなのでしょう。私には苦楽を共に歩んできた最愛の妻サラの死以降のような気がします。現在私は妻を先に天国に送った族長たちを特別に親しく思われます。
私は彼女が取り去られた悲しみよりも天国をこんなにも近くに意識できるようになったことが感謝です。あえて心配を一つ言うならこの感覚が時間と共に消えて行かないかと言うことです。彼女を天国に送った直後である今だけではなく生涯焼きつけておきたい感覚なのです。なぜならこの天国への意識、天国とつながっているという感覚が虚しいこの世の正体を私に見せてくれるからです。

子どもたちが遺体よりもはるかに関心を持って注目するものがあります。それはお母さんの動画です。私のデジカメに召される3週間前、8月31日の彼女の記録が残っています。この日彼女は余命1週間の宣告を受けました。胸水が溜まり呼吸が苦しく咳き込みなしに話ができません。私はその日子どもたちをベッドサイドの回りに集めて余命宣告の内容を説明しました。三人三様の反応でしたが娘の反応は気になりました。不安に押し潰されそうになっていたからです。お父さんもお母さんも癒されるように祈って努力しているけど聞かされる報告は時間と共に一層深刻化してよくばかりだからです。
家内は心騒がす三人に横になりながらアドバイスを送ります。それは今となっては遺言メッセージでした。お母さんを失ってしまうのではないかと心配してフラフラになっている子どもたちに彼女はヘブル人への手紙12章11節から勧めます。神さまのなさることの全てを人は理解できないこと、理解することは出来なくても信じることは出来ること、最高に創造的な働きだと信じて主についていくなら自分ではなんの進歩もないと不甲斐なく思っていても気がつけばちゃんと平安な義の実を結ばせて下さる…。あなたたちは今はフラフラだけど主が付いているしお父さんが付いているし、あなたたちの回りには兄弟姉妹が取り囲んでいるから大丈夫よ!何にも心配することはないのよ。

働きについて、慰めを得るには、息長く忠実に仕える秘訣などお母さんらしく諭しました。
たった10分ほどの語りかけですが不思議です。聞いてるうちに安心感が沸いてきます。
クリアン兄の質問会のあと集まった諸集会の兄弟姉妹たちに少し時間をいただいてご挨拶をしました。

このブログにおいても心からの感謝とお詫びを重ねて申し上げます。告知に始まった74日におよぶ闘病生活の間をみことばでかたるならば「私たちは四方八方から苦しめられますが窮することはありません。途方に暮れていますが行き詰まることはありません。倒されますが滅びません」に尽きます。窮して当然、途方に暮れて当然、倒されて当然なのにそうならなかったのは主と主の身体による支えがあったからです。私たちは絶大な祈りをいただき、献金を賜り、食料を支給され、様々なガン治療に聴くというサプリメントやグッズ、無数のメールと激励のお手紙をいただきました。それにも関わらず私はお返事を書けませんでした。一日を終える頃には疲労と心労で自分自身の身体を保つので精一杯でした。ただ一つだけ支えて下さる兄弟姉妹に自分に課した使命がT姉妹の状況を書き続ける事でした。ちなみに空き時間あらばいつでもどこでも書くため全文携帯メールで打ったものです。今までたくさんの贈り物を頂きっぱなしになっていますがどうぞお許しください。そして返事が必要な方はどうぞお申し出下さい。お申し出分についてのみ書きたいと思います。

学び会後山森姉妹がハグしてくれました。びっくりと共に涙が溢れだしました。今は優しくされると涙腺ダムが決壊してしまいます。
学び大会後で明日と明後日の葬儀打ち合わせをしました。両日とも私がメッセージを取り次がせて戴く事になりました。故人の思い出は偲ぶ集いが次男、召天記念式は長男が他の兄姉と共にお話しすることになりました。娘は明日は私がお母さんの事から福音メッセージを語ると分かるととても喜びました。そして夜中の2時までかかってたくさんの友だちに手紙を書きました。偲ぶ集いに来てほしい、という招待状です。私も何だか力が沸いてきました。子どもたちが前に向かって歩き出す姿に励まされたのです。親だって子どもたちから励ましを受けてよいのです。なにしろ我が家は和製インガルス一家なのですから。

9/23

家内が召されて一夜明けました。

介護保険でレンタルした自動介護ベッドに彼女の遺体を寝かせました。全身に回った黄疸の跡が顔にまで現れていましたがそれすらも私には黄金に輝いているように思えました。贔屓目なのでしょうか。美しいのです。本当に美しいのです。みなさんに何とか見ていただきたいと思うほどです。以前から私は彼女を美しいと思っていましたがこの病気を得てからの彼女は益々輝きを増していったように思います。

朝目をさますと誰かのすすり泣きが聞こえてきます。長男でした。家内の遺体の隣で私と二人横になりました。お母さんの親切を思い出すほど心が軋むのです。悲しみとは強力な圧力です。凄まじいプレッシャーが心にかかっています。
しかし、今日一日ふと気がつくと三人の子どもたちはそれぞれがみことばを開いています。ふと見やると賛美しています。一人が不意に沸いてくる寂しさに戸惑っていると他の二人がそっと寄り添い慰めます。一日中再臨と天国の話をしています。救いと使命について考えています。気のせいかもしれませんが子どもたちは短期間に変えられつつあるようです。神さまは悲しみのプレッシャーを用いて彼らの中に働いておられるようです。枯れ枝はそのままならば地面に吸収されてしまいます。しかし圧力下に置かれると石炭になります。さらに超高圧がかかるとダイヤモンドに変わります。悲しみの圧力は主の手に用いられるならば人に苦しみを与えますが害を与えることはできません。主にある悲しみも悲しみである以上苦痛ですがそれは良い実を結ばせます。主は彼らをそうして下さる事でしょう。一番情けないのは多分私だと思います。身体も心もヘロヘロです。

明日東住吉キリスト集会で夜7時半から偲ぶ集いを、明後日は午前10時~11時半まで召天記念式をします。メッセージは両日とも私が取り次がせていただきます。彼女の生きざまを間近でで見た証人として語る責任があると感じています。
彼女と共に闘った68日間を思い返しながら短歌を幾つか読んでみました。

伏す妻よ 祈り歌いつ笑む人よ なれの姿にキリストを見る

堪えきれぬ 痛みに 優る 平安を 身に満たしつつ 妻は還らん

君知るや 別れと涙の失せた国 罪の赦しと御父のふところ

明日明後日のメッセージのためにお祈りください。

9/23 偲ぶ集い・召天記念式のお知らせ

兄弟姉妹のみなさまへ

これまで多くの兄弟姉妹から、主にある愛と執り成しをたまわり、心から感謝申し上げます。
 
高原智恵美姉妹は9月22日(火)午後9時02分、湯川胃腸病院ホスピス病棟にて、愛する家族に見守られつつ天の御父のもとへ召されました。 
姉妹を偲ぶ集い並びに召天記念式は以下の通りに執り行います。
これらの集いが主の大いなる栄光を表すとき、また福音を明確に証しするときとなりますよう、お祈りいただければ幸いです。

・偲ぶ集い
 9月24日(木)午後7時30分~8時30分
・召天記念式
 9月25日(金)午前10時~11時30分
・式場
 東住吉キリスト集会所
 〒546-0043 大阪市東住吉区駒川1-1-19
 電話06-4301-0875        

・喪主      髙原剛一郎

*なお、御花料(お香典等)はご辞退されていますので悪しからずご了承ください。

以上、謹んでご報告申し上げます。

東住吉キリスト集会

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