兄弟姉妹のみなさまへ
お祈りありがとうございました。「偲ぶ集い」には600名、「召天記念式」には400名の人々が集まり姉妹を偲ぶことができました。何よりも姉妹の念願である福音が大胆に証しされ、集会始まって以来、最大規模の福音集会となったことは、本当に主の栄光の顕現でありました。大人数のゆえ、いろいろ不便をおかけしたことや不手際があったことを主にあってお許しください。
姉妹とのこの地上での別れは大きな痛手です。しかし、「最善以下をなさらない」主ご自身の深い御心の一端を私たちは知りましたし、今後もますます明らかにされることを確信しております。
祈ってくださった日本中、世界中の兄弟姉妹に心から感謝申し上げます。
2009年9月25日
東住吉キリスト集会
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昨晩私たち家族4人は集会所に泊まりました。そして近くの銭湯に行きました。息子二人と湯船に浸かりながら天国に行った彼女がどんなに感激しながら偲ぶ集いを見ていたことかと話し合いました。どんなに話しても彼女の思い出は尽きません。とにかく次々にお母さんのしたこと、語ったこと、大胆不敵な行動とそこに秘められた優しさが思い返されるのでした。
私は改めて子どもたちがどんなに彼女を愛ししたっていたかがわかりました。そして自分こそが一番愛されていると思って私の知らないエピソードを教えてくれるのでした。まるで主と12弟子の関係のようですらありました。
父親として子どもたちが母親を誇りとしほめたたえているのを見ると自分自身がそのようにされるより嬉しくなります。
集会所に戻ると私は明日の召天記念式のメッセージ準備に取りかかりました。
実は来月の今日24日は私たちの22回目の結婚記念日でした。もっとも過去私たちはこの日に結婚を記念して過ごしたことは2回くらいです。私たちは互いの誕生日も子どもたちの誕生日も一緒に過ごしたことがまずありませんでした。伝道旅行が多い私はそもそも大阪にいなかったからです。しかし必ず日を変えてお祝いしました。念入りな準備をして。今ではひとつひとつが宝石のような思い出です。
私はメッセージの準備に取りかかっものの二人で歩んできた22年間を振り返っているとあっという間に時間がたってしまいました。なんと朝の6時半です。一時間だけ寝ることにしました。
召天記念式では二人の兄弟が彼女の思い出を語ってくれました。長男主悦と山森兄です。素晴らしかった。あまりにも切なくあまりにも希望に満ちたそれは故人の思い出と言うより福音メッセージそのものでした。福音によって初めて持ちうる希望がここにありました。今日の召天記念式はこの二人の挨拶だけで十分だと思いました。
私が今日語るみことばは決まっていました。ローマ書8章31~39節です。神を愛する人々すなわち神のご計画に従って召された人々をキリストの愛から引き離せるものは何もない。死もいのちも艱難剣の只中にあっても私たちは私たちを愛してくださった方によって圧倒的な勝利者となると語りました。それは私の身の上に起こった時に真実だと確認したことなのです。
これは本当に不思議なことです。キリストを信じる故に受ける艱難、キリストを信じているのに受ける苦しみ、キリストに忠実な歩みをするなかで降りかかってくる欠乏や危険はクリスチャンをキリストから引き離なすどころかそれを受ける以前より一層キリストから離れられない人にしてしまうと言うのですから。
一体誰が好き好んで死や病や苦しみ、危険を望むでしょう。クリスチャンであっても同じです。しかしクリスチャンは苦しみの中を通ると前にも増してキリストにある神の愛から離れられなくなってゆくのです。
家内の病気を医師から告げられた時私にとって最大の苦しみは彼女が私たちの手から取り去られる事でした。今彼女と死別してしまう事でした。だからこそ私たちは必死で主に癒されるように祈り努力しやるべきことをやって来たのです。それなのにあれほど恐れていた事が現実になった今私の心を満たしているのは静かな感動なのです。それは今まで見えなかった世界が見え始めたことの感動です。
私は見えない天国が今見える世界よりも確実な世界だとわかりました。天国は夢の国ではなくこの今の世界こそは夢の国です。夢の中で起こることは例えどんなにうれしい内容でも喜び過ぎるほどのことはありません。どうせ夢なんですから。楽しければ楽しいほど覚めたときに何だ、夢だったのかとガッカリしておしまいです。また夢の中で経験した悲しみはそれが如何に痛ましいものであっても悲しみすぎる必要はありません。どうせ夢なんですから。夢の中で絶叫し涙を流してのたうち回ってもたいしたことではありません。いつか覚めるのです。そして目覚めた時には言うでしょう。夢で良かった! さぁ起き上がって生きていこう!
長く続く闘病生活の中で幾度か口にしたのはこれが夢であったらいいのに!でしたが実はこの世自体が何時かは終わりを迎える影の国なのです。
真の現実主義者はこの世ではなく天国のために生きるはずです。消えるものに一喜一憂せず消えて行かないものに目をとめます。私は肝心なところではシビアな現実主義者でありたいと思っています。
ヘブル人への手紙11章13節にはアブラハム、イサク、ヤコブが約束のものをはるかに見て喜び迎え地上では旅人であり寄留者であることを告白していたと記録されています。ところでこの親子三代に渡る族長たちには一つ共通点があることに私は気がつきました。三人とも最愛の妻に先立たれた夫たちだという事です。
サラはアブラハムよりも10歳も年下なのに彼女が先に召されました。リベカもイサクよりも先に召されているようです。ヤコブはイサクと再会していますがリベカとの再会記録が無いからです。またヤコブも自分より先に最愛の妻ラケルを亡くしました。それが彼にとってどれほど辛かったかは創世記48章7節を見ればわかります。「私のことを言えば私がパダンから帰って来たとき、その途上カナンの地で悲しいことにラケルが死んだ」ヤコブは50年前の妻との死別をエジプトで良い生活をしながらなおあの悲しさを忘れる事が出来ないでいるのです。ヤコブよ。私はあなたを友と呼びたい。かの国で大いに語り合おうではないか。
三人の族長たちはみんな自分の同志であり苦楽を共にした妻を天国に送っていました。言わば彼らは宝物を天国に預けて地上を歩んだのです。妻が天に帰った今、天国は私の最大関心事です。なぜなら「あなたの宝のあるところにあなたの心もある」からです。
彼女の死は私をして天国を触れるほどに近いところにしました。
また彼女の死は子どもたちにとっては母親の死でした。この事については随分悩み思い煩っていました。しかしみことばが与えられてからは心配よりも主への期待が大きくなりました。そのみことばはダニエル3章24~27節です。
今は異国のバビロンで名前まで変えられてしまった3人の若者たちの記録です。シャデラク、メシャク、アベデネゴはユダの国から捕囚として連れてこられたのです。おそらく両親はすでに殺されていたのかもしれません。彼らは幼い、しかし明確な信者でした。その彼らが火炎の炉の中に放り込まれた時、火炎の中で縄目を解かれて歩いているではありませんか。しかも第4のものがそばにいて彼らを守るので「彼らは何の害も受けていない」彼女が言っていたのはこの事だったのかと思い至りました。3人の若いユダヤ人信仰者を守るのも3人の若い日本人信仰者を守るのも主にとっては同じ事です。いや、むしろ今の時代の信仰者を力づけるために聖書は書かれたのです。私が励ましを必要としている時にこんなに美しいみことばで聖なる勇気をそっと下さるキリストの愛から私は離れられません。あぁ圧倒的勝利者とはなんという嬉しい響きでしょう。
斎場から戻ると夕方になっていました。姉妹が召天記念式の会場になったホールに掃除機をかけながらずっと泣いていました。式が終わって4時間もたっているのに。大抵のお葬式は式が終われば皆忘れてしまうけれどキリストにある家族はすごいなぁと息子が関心していました。それを聞いたら涙が止まらなくなりました。彼女は私の妻であるだけでなく東住吉の姉妹です。私たち家族は神の家族に囲まれています。なんと幸せな家族でしょう。兄弟姉妹!本当にありがとう!
彼女は最後の最後まで主には癒す事がお出来になると信じていました。またそうして下さる事を期待していました。それは癒されて再び伝道者の妻として私に仕え、またクリスチャンの母親として子どもたちを育てることで私たちが神の器としていただくためにいくらでも貢献したいと望んだからです。病気が癒されることそのものが目的ではなく癒された結果私たちがたてあげられて行くことが願うところでした。
全能の主は彼女が共にいるよりも取り去られる事のほうがより彼女の念願に答えることになるとご存知だったのでしょう。なぜなら聖書はこう言っているからです。
「どうか私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところの全てを越えて豊かに施す事の出来る方に、教会により、またキリストイエスにより、栄光が世世に渡ってとこしえまでありますように。アーメン」
とするならば私たちはキリストにあってこれからを大いに期待してよいのです。
主よ。私たちの涙と悲しみと祈りを持ってあなたを礼拝します。主お一人が栄光をお受け下さい!
今回を持ってT姉妹の状況は最終回と致します。
元々ブログではなく集会内の祈りの課題からスタートしました。いつの間にかブログになってびっくりしています。どうせここまできたならば初期の内容に日記の所感を付け加えて全日信仰日記として完成させたいと思います。
また偲ぶ集いと召天記念式の挨拶とメッセージはMP3できいていだけるようにアップ致します。
また東住吉集会から祈ってくださった集会に葬儀のDVDを送らせて戴くつもりです。ご愛読ご支援を心から感謝致します!
高原剛一郎。
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今日は妻の偲ぶ集いです。
しかし娘は学校へ行きました。一つは実力テストがあったからです。先生には叱られたそうです。
「こんな時に何で来たんだ!」
何で行ったのでしょう?
本当の目的は一人でも多くの友だちを偲ぶ集いに誘ってそこで語られる福音メッセージを聞いてもらうためです。幸い友だちはみんな行く!行く!と約束してくれたそうです。そして約束通りたくさんのお友だちが来てくれました。
夕方4時前に葬儀屋さんが来てくれました。ベッドに寝かせたお母さんの遺体をみんなでもう一度見つめました。彼女の服装は最後のパンさき集会に出たときの装いそのままのものでした。他にも服はたくさんありましたが結局これが一番彼女らしいと考えたからです。
それが命の危険を冒すことであったとしても主を礼拝しに行こうとする彼女を止めることは誰にもできませんでした。そして彼女は二日前天国の至聖所に礼拝しに行きました。主が彼女の念願に答えて召してくださったんだなぁと思いながら言いました。
お母さんは主を礼拝しに天国へ行ったんだ。とするなら誰が止めることが出来るでしょう?
偲ぶ集いは予定時間になってもすぐに始められませんでした。当初200名くらいの参列者を想定していましたが後から後から途切れなくたくさんの方々が集会所に集まって来られました。何と480名以上の方々が集まってくださったのです。東住吉集会の兄弟姉妹たちを合わせると600名以上の方々です。一階から四階まで全ての部屋と廊下に席を作って対応してもらいましたが東住吉の兄弟姉妹は立ったままです。集会始まって以来の大会衆です。よく入ったものでした。
私は全国からまた韓国からも駆けつけてくださった兄弟姉妹の愛に目頭が熱くなりました。こんなにもたくさんの兄弟姉妹が私たち家族のために祈ってきてくださったんだ。いやここにおられる何倍もの方々が主に取り成してきてくださったんだ。私はそれを頭で知っていましたが改めて自分の目で立錘の余地が無いほどに人でびっしりの会場を見て身体で理解しました。そして主からの慰めをいただきました。みことばが浮かんできたからです。「恐れるな。私たちとともにいる者は彼らとともにいる者よりも多いのだから」
私はたくさんの兄弟姉妹を目で見て改めて力づけられましたがもし霊の目が開かれたなら私たちの回りにはどれほどたくさんの兄弟姉妹の祈りがあり、その回りに「火の馬と戦車が取り巻いて山に満ちており」主の御腕の中にあることでしょう。
闘病生活は暗黒の森の中に敷かれた光の道を行く歩みでした。回りに目をとめれば暗黒です。しかし道に目をとめれば光です。
病気を見れば暗黒、しかし主を見上げれば光でした。「あなたは何を見ているのか」
集いは「主と共にあゆむ」 の賛美で始まりました。最前列にいて後ろから響いてくるうねりのような賛美の歌声を聞いていると身体中に電気が走りました。まるで天国が降りてきたような気分です。
故人の思い出では次男が語りました。話の中で皆がどっと笑ったところがありました。「母は兄弟の中で僕のことが一番気になっていていつでも心配していました」聴衆の皆さんは何故笑ったのでしょう?彼が一番心配になるようなことを日常的にしてきたことは全国区規模で知れ渡っていたからです。その彼が600人の前でお母さんの信仰を語りました。天国から優しい眼差しで主とともに見守りながら「大丈夫よ!その調子!」と呼びかけているような気がしました。
私も福音を真っ直ぐに語りました。主と我が最愛の人の視線を感じながら。あぁ福音の素晴らしさよ!死に対して勝利者の側にあることの楽しさよ!弱虫の私をして愛妻との死別の直後に喜びの歌を歌わせる復活のキリストの力強さよ!福音、福音!これ以外に私が人生を賭けたいと思うものはありません。私は彼女にならって益々キリストバカになりたい!福音バカになりたい!彼女のようにキリストに完全燃焼したいと切に望みます。
偲ぶ集いの後で献花をしました。献花だけで1時間半かかりました。私たち家族4人は前に立ち来てくださったお一人お一人にたくさん感謝の挨拶をしたかったのですが後が詰まっているので流れ作業の如く数秒間の対面になりました。失礼をお許しください。
私は興奮したせいか身体がホカホカして力がみなぎり不死身の力を与えられたような気になりました。何だか気持ちがいいのです。自分で思う以上にタフガイ何だなと感慨に耽っておりました。
ところが約1時間半お一人お一人に会釈を繰り返しているうちに腰痛が再発しました。中途半端な前屈み運動が寝ていた腰痛坊やを起こしてしまったのでした。イテテテ!どこがタフガイやねん!
泣いたり笑ったり調子にのったり悲鳴をあげたりなんとせわしない男なのでしょう。こんな私を皆さんこれからもよろしくお願いします。
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家内の遺体は彼女自身が在宅闘病生活をした部屋に安置されました。
見れば見るほどきれいな人です。結婚した時よりも綺麗です。こんな美しい人が私の妻であったとは今さらながら驚きです。子どもたちもベッドの回りに集まって一人一人ツーショットの記念撮影をしました。しかし記念撮影が終わると顔に白い布をかけて別室に行きました。
私たちは驚くほど遺体に執着がありません。彼女はここにはいないとはっきりわかっているからです。子どもたちの関心はもっぱら天国とそこにいるお母さんです。今私たちは努力せずとも思いが天国に向きます。天国の実在を今までになく明快に意識しています。天国に心を向ける事で正気を保っていると言って良いでしょう。強烈に愛する人がそこにいるがゆえに一度も行ったことが無いのによく知っている国のように思われるのです。私にとって高原智恵美は今も実在の人です。実在する人がいる天国もまた実在する世界なのです。同じ地球上のどの国よりも遠くにある御国なのにどの国よりも近いのです。フライト手続きが無くても、主よ!の一言でかけ上って行ける国になりました。そこはまるで開かれた世界で祈りの中で行きつ帰りつできる国です。近いのに遠くにあり遠くにあるのにどこより近い国で
す。私は今まで以上に天国を確信しています。これは主が彼女を天国に召してくださったおかげです。
アブラハムは一体いつ頃から天の故郷に憧れていたのかなと考えるようになりました。地上の約束の地を超えて千年王国から新天新地を意識しだしたのはいつからなのでしょう。私には苦楽を共に歩んできた最愛の妻サラの死以降のような気がします。現在私は妻を先に天国に送った族長たちを特別に親しく思われます。
私は彼女が取り去られた悲しみよりも天国をこんなにも近くに意識できるようになったことが感謝です。あえて心配を一つ言うならこの感覚が時間と共に消えて行かないかと言うことです。彼女を天国に送った直後である今だけではなく生涯焼きつけておきたい感覚なのです。なぜならこの天国への意識、天国とつながっているという感覚が虚しいこの世の正体を私に見せてくれるからです。
子どもたちが遺体よりもはるかに関心を持って注目するものがあります。それはお母さんの動画です。私のデジカメに召される3週間前、8月31日の彼女の記録が残っています。この日彼女は余命1週間の宣告を受けました。胸水が溜まり呼吸が苦しく咳き込みなしに話ができません。私はその日子どもたちをベッドサイドの回りに集めて余命宣告の内容を説明しました。三人三様の反応でしたが娘の反応は気になりました。不安に押し潰されそうになっていたからです。お父さんもお母さんも癒されるように祈って努力しているけど聞かされる報告は時間と共に一層深刻化してよくばかりだからです。
家内は心騒がす三人に横になりながらアドバイスを送ります。それは今となっては遺言メッセージでした。お母さんを失ってしまうのではないかと心配してフラフラになっている子どもたちに彼女はヘブル人への手紙12章11節から勧めます。神さまのなさることの全てを人は理解できないこと、理解することは出来なくても信じることは出来ること、最高に創造的な働きだと信じて主についていくなら自分ではなんの進歩もないと不甲斐なく思っていても気がつけばちゃんと平安な義の実を結ばせて下さる…。あなたたちは今はフラフラだけど主が付いているしお父さんが付いているし、あなたたちの回りには兄弟姉妹が取り囲んでいるから大丈夫よ!何にも心配することはないのよ。
働きについて、慰めを得るには、息長く忠実に仕える秘訣などお母さんらしく諭しました。
たった10分ほどの語りかけですが不思議です。聞いてるうちに安心感が沸いてきます。
クリアン兄の質問会のあと集まった諸集会の兄弟姉妹たちに少し時間をいただいてご挨拶をしました。
このブログにおいても心からの感謝とお詫びを重ねて申し上げます。告知に始まった74日におよぶ闘病生活の間をみことばでかたるならば「私たちは四方八方から苦しめられますが窮することはありません。途方に暮れていますが行き詰まることはありません。倒されますが滅びません」に尽きます。窮して当然、途方に暮れて当然、倒されて当然なのにそうならなかったのは主と主の身体による支えがあったからです。私たちは絶大な祈りをいただき、献金を賜り、食料を支給され、様々なガン治療に聴くというサプリメントやグッズ、無数のメールと激励のお手紙をいただきました。それにも関わらず私はお返事を書けませんでした。一日を終える頃には疲労と心労で自分自身の身体を保つので精一杯でした。ただ一つだけ支えて下さる兄弟姉妹に自分に課した使命がT姉妹の状況を書き続ける事でした。ちなみに空き時間あらばいつでもどこでも書くため全文携帯メールで打ったものです。今までたくさんの贈り物を頂きっぱなしになっていますがどうぞお許しください。そして返事が必要な方はどうぞお申し出下さい。お申し出分についてのみ書きたいと思います。
学び会後山森姉妹がハグしてくれました。びっくりと共に涙が溢れだしました。今は優しくされると涙腺ダムが決壊してしまいます。
学び大会後で明日と明後日の葬儀打ち合わせをしました。両日とも私がメッセージを取り次がせて戴く事になりました。故人の思い出は偲ぶ集いが次男、召天記念式は長男が他の兄姉と共にお話しすることになりました。娘は明日は私がお母さんの事から福音メッセージを語ると分かるととても喜びました。そして夜中の2時までかかってたくさんの友だちに手紙を書きました。偲ぶ集いに来てほしい、という招待状です。私も何だか力が沸いてきました。子どもたちが前に向かって歩き出す姿に励まされたのです。親だって子どもたちから励ましを受けてよいのです。なにしろ我が家は和製インガルス一家なのですから。
Filed under: report on 9月 27th, 2009 | コメントは受け付けていません。